SIMPELT LIV

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# 思う存分暮らす

 

犬は可愛いと思っていましたし、実際に飼えたらどんなに楽しいだろうとずっと想像していました。それが叶った今、想像していた以上に可愛くて一緒にいるのがとても楽しい毎日です。

 

実際に飼ってみないとわからない事は沢山あり、上記のような気持ちもそのうちの一つでした。

 

 

ティトは綺麗な緑色の目をしています。

 

gröna ögon

 

この目を見ながら思う事。

お互い健康であってもティトの方が先にいなくなっちゃうんだよな...。

 

私は本来色々と考える事が好きですが、時としてそれが行き過ぎます。犬の平均寿命は周知の事実で、今考えるべき事ではないとわかっていても、その時を想像すると既にウルっときてしまいます。想像でこれだから実際はもっときついでしょう。はたまた、それまで培った私達の歴史から、自然と受け入れる事が出来るようになるのでしょうか。

 

彼の叔父さんは動物の保護や犬ぞりなどの仕事をし、今までずっと犬と一緒に暮らしてきました。その為色々な知識や経験があります。人が来ると興奮してはしゃぎ廻り、噛みまくってしまうティト。ところが先日、その叔父さんがきてくれて抱っこされたとたん、ぺろぺろ舌を出して大人しくなりました。明らかに私達を含む他の人達とは違うその態度。さすがです。

 

その叔父さんの愛犬、ローケが年末に亡くなりました。

正確には安楽死です。

 

ローケはノルボッテンスピッツという狩猟犬でしたが、狩りが苦手で遊んじゃう可愛い犬でした。平均寿命を遥かに超え、16歳ちょっとで最期を迎えました。晩年はお腹をこわしたり、肉球を痛めて思うように歩けなかったりしましたが、エキスパートである叔父さんが介護をした甲斐あって、それだけの長い期間生きる事ができました。老犬の不調は回復の見込みがない事も多く、その歳での手術や延命治療は犬にとって負担になってしまいます。犬のため...というのは人間のおごりかもしれませんが、叔父さんは決意してローケを安楽死させました。

 

その決断やいかほどに。

もっと一緒にいたい、生き延びる希望を込めた延命治療。

寿命を考慮し、楽にさせるため安楽死。

どちらが悪く、どちらが正しいのか、なんとも言えません。

ただどちらにせよ私達にもいつかはそういう日がやってきて、犬の最期を看取る事になるでしょう。今回の叔父さんの判断を私は尊重しますし、その気持ちを思うと心が痛みます。

 

その後叔父さんはローケがいなくなった家で一人の暮らしが始まり、がらんとした空間にたまらなくなるようです。

 

私自身ローケに救われる事が何度もありました。

彼の親族との旅行や会など、飛び交うスウェーデン語に辟易しローケに癒されました。遊びに行くといつもしっぽを振って出迎えてくれました。そうして戯れていたとき、撫でているうちに抜けた毛を集めてフエルト玉を作っていました。今それを見ると悲しくなりますが、感謝の気持ちを込め、その毛玉であるものを作りました。

 

loke

 

どうもありがとう、ローケ。

 

一年後なのかいつなのか...。

いつか叔父さん宅のローケ写真に添えたいと思います。

 

でも今。

時には想像もいいですが、刻々と成長する今のティトとの時間がなによりも大切です。後悔しないよう、思う存分一緒に楽しく暮らしていきたいと思います。

その前に。

我々がおだぶつしませんように。

 

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    # 花火でスタート

     

    明けましておめでとうございます。

    2018年スタートです。

     

    こたつでうたた寝をして、適当に起きたらとりあえずミカンを食べてテレビ。そしていつの間にか出来上がっているお正月料理を食べてまた眠る...。

     

    いつかそんな風に新年を過ごしたいなぁと夢みています。実際子どもの頃にそうしていましたが、できない事を無性にしてみたくなるのは人間の性でしょうか。この時期にいつか日本に行けたらと思いながら毎年年始を過ごしています。

     

    近所でドスドス打ち上げられる花火を、今年も家の中から見て新年を迎えました。

     

    花火

     

    雪がちらつく中、暖かい部屋からみる誰かの花火。最高です。

     

    夏は一切花火をしません。夜中も明るいからでしょうか。昔、旧正月の頃に中国へ出張に行きましたが、連日ものすごい爆竹の音で賑やかだったのを覚えています。そこまでいかないにしろ、ここでもあちこちからそんな音が聞こえて来るお陰で、お正月気分が一瞬味わえます。

     

    31日の夜から深夜1時頃まであちこちで花火があがっていました。普段は音に敏感な住民もこの時ばかりは一切おとがめなし。

    ただ、それにはルールがあります。

    元日のニュースを見ていたら、花火でやけどをしたり怪我をした人達が大勢病院に運ばれて来たとありました。そのうちの95%が男性であり、40%強が18歳以下の若者らしいです。ボーイズ...。

     

    そもそもスウェーデンでは18歳以下の花火購入と使用が禁止。購入の際に身分証の提示が必要です。更にアルコール同様、大人が買って子どもにあげるのも禁じられています。日本のような繊細な花火ではなく、ほとんどがロケット花火や打ち上げ系なのでそういったルールができたのだと思います。ただ、悪い人はいるもので、遊びたい若者達にこっそり売る大人達がいるそうです。そんなこんなで結果、若者のケガ人が毎年運び込まれます。それでも花火の火薬量を調整したり、成分を見直したお陰で年々ケガ人は減ってきているんだとか。

     

    自治体によって花火をしていい時間帯も決まっています。

    早いところでは18時から花火解禁。終了時間もまちまちですが、一番遅い自治体は夜中3時まで許可されています。中心街や老人施設、病院や重要文化財付近では禁止。その他なら住宅地だろうがどこでもどうぞ、らしいです。

     

    そういえば...。

    あれは日本での事。

    以前パートナーと彼の兄弟を連れて私の実家へ行った時、まだ小さい私の甥や姪も一緒に皆で遊ぶつもりで花火を買いました。花火は下を向け、人には決して向けず、ましてや振り回さない。そういう認識の私を含む家族、日本チームでしたが、スウェーデンチームは違いました。綺麗だねー!とはしゃいで花火を持った腕を上げ、頭上でクルクルしながらヒーハー叫んでいました。もちろん子どもからは離れていましたが、危ないし子ども達が真似するからやめてと言うと、何故?と言われました。だって楽しいし綺麗じゃない?だそうです。たしかに綺麗だしエキサイティングですけども...。

     

    怪我で運ばれるうちの95%は男性、という統計がとても腑に落ちました。

     

    楽しさも大切ですが、健康であってこそ。

    お年寄りのような一文と共に、2018年も元気に過ごしていきたいと思います。

     

    皆様にとっても良い年になりますように。

    今年もどうぞ宜しくお願い致します。

     

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      # 芸術に触れる

       

      ほとんど家にいる私ですが、先日友人からお誘いがあり出掛けてきました。

      街でコンテンポラリーダンスの公演があり、チケットが余っているので一緒にどうかとの事でした。

       

      私は芸術は好きです。

      でもわかりません。これは観に行きたい!と思うものがあれば観に行きますが、こちらに来てからというもの元々出不精だったのが更に出不精になり、誘われなければあまり行く事がなくなりました。

      結論から言うと、今回とても行って良かったと思いました。素晴らしい公演だったのと、私が感じた内容がタイミング的に色々考えさせられるものだった、というのが理由です。

       

      彼の家族の中にはコンテンポラリーダンサーがおり、長年踊ってそれを仕事にしていました。ただ年齢的に厳しくなり、昨年一線から退いて全く違う仕事を始めました。まだ時折出演する事はあるようですが、体が悲鳴を上げていてきついと嘆いています。スポーツ選手もそうですが、生涯を通してやり続けるのは非常に厳しい世界だと思います。安定を求めるなら出来ない仕事であり、心身共にいわゆる”くる”類であると思われます。それでもプレイしたい、演じたいと思わせる強烈な何かがあるのでしょう。それを今回は舞台から非常に強く感じ、感動してしまいました。

       

      重ねて言いますが、私は芸術がよくわかりません。

      でもそれでもいいと思っています。感じ方は人それぞれであり、芸術に正解はないと思っています。その上であなたはどう感じたのか、私はどう観たのかなどを一緒に行った人と話し合うのが楽しいと思います。一人の場合は感じた事をぐっとかみしめて余韻に浸るのは心地がいいものです。

      でもふと思いました。

      舞台を創り上げた人達からしたらどうなのか。ここだけは感じて欲しい、これだけは伝えたいという想いはきっとあるでしょう。それを例えば私が感じられない場合、演じる側はどう思うのでしょう。そんな事を考えていると、わからなくって申し訳ない、と思ってしまいます。また、作者の本当の気持ちを聞くのも時には面白く、なるほどと感じるのも楽しいと思っています。

       

      ただ、あまりにも明確にしすぎると押し付けがましく感じてしまい、興ざめします。泣かそうとしているのがわかる小説は読んでいるうんざりしますし、感動を全面に押し出されると全く感動しないのも確かです。私は、ですが。

       

      今回は恐らくそのバランスが私にとってとても良かったんだと思います。なんとなく状況がわかり色々な捉え方が可能で展開が気になる、そしてなによりもエネルギーが伝わってきました。普段、情熱とはほど遠く生きている私ですが、捉えましたパッション。

      衣装、照明、色、音楽、他の諸々も含め全てがマッチしていました。

       

      同じく海外に住んでいる友人が最近沢山写真を見せてくれました。その国の古い建物や現代的な部分や美術館など。私の暮らす街は都会ではないので限界があるにせよ、色々と興味を持って外に行こう、そして何か気付けるようになろう、と強く感じました。いいタイミングで私も芸術に触れる事ができ、友人のそんな写真にも励まされ、既に始まっている冬を乗り切りたいと思います。

       

      因みに公演のテーマは、ざっくりいうと私達が暮らすこの世界と死者の世界についてでした。

      私が猛烈に感じた事とは。

       

      明日は我が身だな。

       

      2つの世界は背中合わせです...。

      これからも帰ってこられる場所でずっと遊んでいたいと思います。

       

      余談ですが、私は昔ヒップホップダンスの教室に数回通っていたことがあります。中目のおっしゃれーな場所にあったスタジオ。なのにださすぎる私。壊れそうな、いや壊れていたロボットダンス、まったくビートに乗っていない体内リズム、皆無なパッション、もちろんやめました。ヒップホップ音楽さえ聴かないのになぜ習ったのでしょう。私の七不思議の一つです。

       

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        # その約束...すごいな。

         

        未来の事は誰にもわかりません。

        私自身、将来は日本に住むかもしれませんし、明日事故に遭う可能性もなきにしもあらず。未来は流動的なのでその時になってみないとわからない事は沢山ありますが、もしできるのであれば可能な限り心構えや準備をしておきたいと思っています。あまり考えすぎると今がつまらなくなる、ということに薄々感づいて来た私ですが、なるようになる、という考えは基盤があってこそ成り立つものだと私は思っています。そんな私はパートナーから現実主義者と呼ばれます。

         

        相対して楽観主義者のパートナー。

        ここに住むようになってすぐに覚えた言葉がいくつかあります。

        耳にする頻度が高いからこそ覚えたのですが、そのうちの一つは彼の気質も垣間見えるような言葉でした。

        Vi får se. (ヴィー フォール セー)

        その時になってみたら...ね。というニュアンスの決まり文句。

         

        街で偶然知り合いに遭遇し、久しぶりに盛り上がる。

        今度ごはん食べにいこうよ!と意気投合したはいいけれど、まぁとりあえず、vi får se。よくあるやりとりです。はっきりとわからない先の事にはピッタリな、使える言葉です。こうした状況で使うのは全く問題がないのですが、詳しく知りたい予定の時に言われると私はモヤモヤします。

         

        パートナーはとりあえずなんとかなるでしょ、という感覚でこの言葉を使いのんびり過ごします。その感覚の違いに一人悶々とした記憶がとてもありますが、実際思い通りにならなかった場合彼はどうなるのかというと、仕方がないね、とサラっと流します。すごいスキル...。そう思えるからこそ言えるvi får seなのでしょう。納得しているのなら私が言うべき事はもう何もない...。ただし私も関わりがある計画は、なるべくその言葉でうやむやにして欲しくない、と思っています。

         

        なぜこんな事を書いたのかというと。

        まさに先日、彼のvi får seに驚かされる事があったからです。

         

        例えて書いた状況の様に、先々週彼は子どもの頃同じ学校だった友達に偶然スーパーで会ったそうです。そして今度飲みに行こう!と約束をして帰ってきました。それは楽しみだね、と私も楽しくその話を聞いていましたが、その後驚きました。

         

        友達の名前を聞いたところ、たぶんビョーン君だと思う、と返事が。たぶん?どういうことか聞くと、どうやらその友達は一卵性の双子らしく、実際どちらだったのか定かではないとの事。しかも、クラスは同じではなく、外で一緒によく遊んでいただけだから同級生じゃないかも。歳はわからないし、苗字も住んでいる所もわからないよ!てへ!らしいです。

         

        す、すごい...。

        双子のどちらだろうと関係なく話が盛り上がったのか...。それでよく飲みにいく約束したな、とある意味尊敬の眼差しで彼をみつめました。なんか色々不安じゃないの?と聞いてみたところ、名前とか住んでいる場所とかは話しているうちにわかるでしょ、vi får seだよ。と笑っていました。出たな、決まり文句。

        ○日○曜日の夜、19時に○○のパブで待ち合わせした、と詳細を教えてくれました。そこはしっかり約束をしたらしいのですが、その約束までには日にちがだいぶ空いているので、前日にもう一度確認の連絡した方がいいんじゃない?と言ってみたところ。

        電話番号もメアドもわからないよ。てへ!らしく。

        不安すぎる...。

        ビョーン君(らしき人物)が忘れて来なかったらどうするの?とたたみかけてみると、ここでも出ました、vi får se。

         

        当日、彼は意気揚々とパブへ行きました。

        が、二時間後。割と早めに帰って来ました。話が弾まなかったのかと思って訊ねてみたら、ビョーン君(おそらく)は来なかった...とがっくり。一人でビールを飲み、ぶらぶらして帰って来たみたいです。次からはせめて電話番号は聞こう、と慰めました。

         

        今回は”しょうがないよね”では流せなかった彼。彼にとってvi får seでがっかりした稀な例でした。これからはこの教訓を色々な場面で応用してくれることを願っています。

         

        それにしてもお友達はビョーン君だったのか否か。

        確認出来る日が来る事も願っています。

         

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          # ザイトウイチ?

           

          部屋でくつろいでいたらパートナーがドアを開け、サイトウイチ!と叫びました。

           

          なんだ?サイトウイチって。

           

          眉間にシワを寄せながらなんなんだ?と考えていると、間違いです、ザイトウイチ!と連呼し始めました。THE伊藤市?伊藤さんの催し物?聞いた事ないけど。しばらく考えていましたが、刀を持つ振りをし始めたところで私はようやくわかりました。

           

          座頭市。

           

          最近彼は勝新太郎バージョンの座頭市シリーズを見始めたようです。なぜ今。

          このように覚えたての日本語を急に私に投げかけるパートナー。その度に私は頭の中がはてなマークでいっぱいになり、答えが間違っている問題を解く事になります。

           

          劇中で話される日本語は普段使わないものばかりです。自分の事をあっしと言わないことを願うばかりですが、色々な日本語を聞くのは楽しいようで、毎日一話ずつ楽しみに観ています。

           

          このようになんとか答えがわかればいいのですが、未だに謎な彼の日本語があります。

           

          おーほいほい。

           

          彼の叔父さんと彼が会うとき、おーほいほいと挨拶し合っていました。最近耳にする事はありませんが、なんだそれ?です。初めてその挨拶に出くわしたとき、私は非常に戸惑いました。

          しかも叔父さんにおーほいほいの意味ってなぁに?と聞かれ、私が聞きたいわ!と一人心で突っ込んだ覚えがあります。彼に聞いてみると、彼もよくわからないとの事。再びなんだそれ?です。どうやら何かの映画の台詞でおーほいほいと聞こえるシーンが何度もあり、”日本人がよくいう言葉”としてインプットされたようです。どの映画だったのか...。検証してみたいところですが、随分昔で忘れてしまったらしく残念です。っていうか随分昔からおーほいほいと言い合っていた彼と叔父さんが面白すぎて、たまにふと笑ってしまいます。そしてソレを挨拶にする謎。

           

          私が思うに恐らく”あーはいはい”、ではないかと。

           

          何か合点がいった時、あーはいはい。

          うんざりな小言に、あーはいはい。

           

          私も結構言っていたかもしれません...。

          今後そんな場面に出くわしたら、おーほいほいと言ってみようかと思います。彼の反応や如何に。いや、そもそもそれが正解かは不明ですが。

           

          しかし彼の事を心底笑えない私。きっと私も、なんだそれ?なスウェーデン語を毎日喋っていると思われます...。笑いはするものの、少しヒヤっとする彼との空耳アワーでした。

           

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